GRUMMAN STORY
COTTONCHROME STORY
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なぜ、グラマンはこのカヌーをつくることになったのだろうか?


夜明けの霧ににじむ輝きの裏にはどんなSTORY が...

............

PART-1

Not just the warbirds. Another legacy of Grumman
A private recollection

by George Sakasegawa
グラマン

艦載機の名門ならでは...もうひとつの銘品秘話
by George Sakasegawa

無断転載・転用禁止

話は大戦末期にさかのぼる....

193991

Hitler の命令一下、ドイツ軍がPOLAND に電撃侵攻。
欧州全土がたちまち戦火に包まれた。
1941128












Pearl Harbor 真珠湾攻撃

 東京・市ヶ谷の大本営では、いがぐり頭の陸軍将校が得意顔で
威勢良く発表  「帝國陸海軍は...米英軍と戦闘状態に入れり」

アメリカでは大統領 Franklin Delano Roosevelt が演説
  "December 7, 1941, the date will live in infamy, ..."
  『未来永劫、恥辱の日...』

アメリカが欧州戦線にも参戦し、世界大戦となった。
1942645



Midway ミッドウェイ沖海戦。
  大日本帝國海軍は歴史的な大敗を喫し、以来終戦まで各地で
激戦が展開された。
 
 そして...

1944年(昭和19年)

第二次世界大戦は大勢が決し、終結へ向かいだしていた

194466

D-Day. Normandy 上陸作戦。 Allied Forces 連合国軍が圧倒し、
混迷の中、ドイツ軍の背走が加速していった。
1944619
194477

Mariana マリアナ諸島沖海戦。大日本帝國海軍敗北。
Saipanサイパン島陥落。在住の日本人はアメリカ軍への降伏を拒み、
女子供も崖から身を投げた。
1944731




Le Petit Prince 「星の王子様」の作者Antoine de St. Exupery アントワン・
サンテグジュペリが単身、非武装の写真偵察機 RP-38 に乗り込み、
まだドイツ軍が残るフランス本土に向かったまま行方不明に。
(20044に残骸が地中海で発見された)
1944825



Paris パリ解放。亡命政権を率いた Charles de Gaule シャルル・ドゴール
将軍が率いる軍勢が大歓迎され、アメリカ兵にパリ娘が抱きつく一方で、
ドイツ軍人の子を産んだ女性は群集に小突き回され、坊主頭にされた。

一方、戦火の及ばないアメリカ本土では...

Grumman グラマンの本拠地はNew York
  F6F Hellcat ヘルキャット
  TBF Avenger アヴェンジャー
 ...

 アメリカ海軍御用達の艦載機を作ることにかけては右に出る者の無い
名門企業は大繁盛していた。
 魚雷で艦船を撃沈するための雷撃機Torpedo Bomber であるTBF
至っては、本来、自動車工場であるGeneral Motors (GM) でも
並行して生産されるほどだった。

 
 そんな日々のさなか....副社長のカヌー実体験
 近郊のAdirondacksアディロンダック山系で、
旧来の木枠と帆布でできたカヌーを運びながらぼやく男がいた。
 William Hoffman ウィリアム・ホフマン。 グラマンの副社長だ。
 「重い...!  飛行機を作っているウチの技術を使えば、きっと軽くなる」
 話を持ちかけると、創業者の一人でもある社長 Leroy Grumman
リーロイ・グラマンも乗った。
 おりから、アメリカ政府が「戦争は近々勝利に終わる」と見越して、
軍需産業各社に民需転換を強く奨励しはじめたことも重なったからだ。

 最初の試作は、商売物の航空機用アルミニウム合金 Duralmin デュラルミン
作られ、非常に軽量に仕上がったが、水に漬かるとすぐに白い錆が浮いてきた。
そこで、素材をAluminum Corporation of America (ALCOA)が開発した
耐蝕アルミ合金に変更して、生産が始まった。
 そして、1945年、戦争が終り....

「女性でも運べる!」

 社長は鼻高々...。
13 feet ( 3.9m ) の小型艇なら僅か38-pound ( 17.2 kg ) ...女性でも運べます!」
と社長自ら発表したとか。
 当時から1990年前後までOUTDOOR の名店として誉れ高かった
Abercrombie & Fitch の旗艦店といえたManhattan の店先にも
堂々と飾られたという。
 社長は本拠地であるNew York 市東郊 Long Island の飛行機工場の一角に
20,000 square ft.( 1,858 u、約 563  ) を割り当てて、まず、カヌー、
後には他の型も含む金属製舟艇事業に乗り出した。

 
1952年 グラマン・カヌー製作は New York 州 Marathon の新工場へ

New York, June 1952.

前面2枚窓の乗用車が
まだ多かった時代。
画面中央に見えるのと
同じ2階建バスの最後尾
からの光景。高度成長が
はじまりかけの頃だ。
 朝鮮戦争のさなか、New York 市東郊 Long Island 
飛行機工場は繁忙を極めていた。
 最前線で活躍する F9F-3 ( 5 ) Panther パンサーは、
対空砲火を浴びても、なんとか持ちこたえることほど頑丈なこと
から、"Grumman Ironworks" グラマン・アイアンワークス
つまり、『グラマン鉄工場』との異名を馳せるほどの評価を
得ていたが、所詮は直線翼機。
 「もっと速い後退翼機を!」 との矢の催促に直面していた。
 おりから開発中の、艦載機としては初の後退翼戦闘機
 F9F-6 Couger クーガーの大量生産が急務となっていたのだ。

 そこで、New York 市から自動車で 5時間ほど北へ行った
Marathon という小さな町にあった工場を買収して、
金属製舟艇事業部の新工場にしたのだ。
 以来、ここがグラマン・カヌーの故里となる。

最初の30年間に30万艇!
 最盛期は1974年で、カヌーだけで年間33,000艇もはけたという。
1973年の中東戦争に続く石油危機で、環境意識が高まり、
燃料を必要としないカヌーに人気が出た上に、映画に登場して
注目を集めたため、という。


楽しいカヌーと世界最強の戦闘機・・・グラマンの絶頂期に

 いまから顧みると、あれはグラマンが一番輝いた時代だった。

 自然のなかで、軽くて安定感に優れたグラマン・カヌーは、
重いリュックザックやキスリングに象徴される体育会系山岳部流の
登山から、見るからに軽快なBACK-PACK に象徴される
新しい世代のOUTDOOR LIFE STYLE と、主役の交代を完成し、
世界に広めた。
 
 一方、本業の航空機でも、最先端の戦闘機の世界で、歴史的な
逆転が達成された。
 「狭い航空母艦から発着しなければならない艦上戦闘機は、
長大な滑走路を使える陸上戦闘機に比べて制約が多く、その結果、
性能は陸上機の方が勝る」というのが、「常識」だった。

 グラマンの最高傑作F-14 Tomcat が、この「常識」を打破したのだ。

 グラマンは半世紀にわたる艦載機製作の経験をすべて活かして
開発した。
 過去の失敗作から学んだ経験も活かした。
 強敵ソ連の攻撃から空母を守るため、現在でも最強の電子装備を誇る。
「いくら最強の艦載機 F-14 Tomcat といえども、、陸上戦闘機の
最高峰F-15 Eagle にはかなわないだろう...とくに機関砲しか使えない
古典的な空中戦では...!」との通説に反し、実戦さながらの模擬空中戦では主翼の後退角をいつも最適に変えるF-14 Tomcat が勝ち続けたのだ。 
 さらに、アラブ世界の盟主を目指す変人・奇人カダフィ大佐の
独裁下のリビア軍が、ソ連製MiG-23戦闘機2機で先制攻撃をしかけて
きたSidra湾事件で、迎撃した2機のF-14 Tomcat が軽々とかわして
相手を2機とも撃墜したことで、その評価は決定的となった。


1990年 グラマン、カヌー事業を売却

 1980年代に入ると人気にかげりが見えてきた。
 合成樹脂製の軽量カヤックの参入で、徐々に売れ行きが減少し、
生産も減少して行った。
 国の景気も低迷し、グラマンに限らず、ボートの売れ行きは
不振に陥った。
 そして、冷戦が終結し、ソ連の解体で国防予算が長期減少傾向に
向かうことは明らかだった。
 あらゆる事業がリストラを余儀なくされ、カヌーを含め、金属製舟艇
事業部は航空宇宙産業のグラマン本社から分離され、19903月、
丸ごと売却されてしまった。
買ったのは Outboard Marine Corporation ( OMC )
        アウトボード・マリーン・コーポレイション
 アメリカ東部の名門グラマンとは、社風も土地柄も違う、アメリカ
中西部を本拠地とする会社だ。
 だが、グラマン・カヌーの製作は、従来どおり、New York 州
Marathon の工場で続けられた。
 そして、このときは、カヌーにはグラマンの名が保たれた。



1994年 グラマン本社が身売り...!
 湾岸戦争でグラマン製 F-14戦闘機が活躍する一方、航空宇宙産業は
強烈な削減に晒されていた。1950年代の最盛期に、いまも語り継がれる
数々の名作・野心作を送り出した名門各社のすべてに吸収・合併の嵐が
吹き荒れた。
Lockheed + Martin = Lockheed Martin
 Douglas + McDonell = McDonell-Douglas
 Boeing + McDonell-Douglas = Boeing
  つまり、グラマンF-14と世界最強の評価を競った陸上戦闘機の
最高峰F-15 Eagle を作ったMcDonell マクダネルも、そして旅客機の
名門ダグラスも、もはや社名すら残らなくなったのだ。
 そして、グラマンも1994年にNorthrop に吸収・合併され、新社名は
 Norhthrop Grumman ノースロップ・グラマンとなった。
 だが、このときも、グラマン・カヌーは、変わらないですんだ。

 ところが...


1996年 グラマン・カヌーが消えた.....本当に!
 
 1996年は激動の年になった。
 19903月にグラマン・カヌー事業を買収した Outboard Marine
Corporation ( OMC )アウトボード・マリーン・コーポレイションの社全体の
売上が30% も落ち込み、19965月、新しい経営陣が
グラマン・カヌーを製作しづけていた New York 州 Marathon の
工場生産を止めて全てをアメリカ中西部の工場に集約する」
と決定したのだ。
 1996627日、OMC社の経営の下でNew York 州 Marathon の
工場で生産された最後のグラマン・カヌーが完成した。
 だが、同時に、従業員に対し、「グラマンの名前以外、この工場のすべてを
譲ってもよいが...」と提案してきた。
 在庫管理のため、831まで最少限のOMC社員が残った。
 94日、グラマン時代、そしてOMC時代からの従業員に、地元の投資家
加わった新会社 Marathon Boat Group がこの工場の資産・在庫・工具などを
すべて買い取り、99からそれまで作り続けたグラマン・カヌーと寸分違わぬ
製品の製作を再開した。

 ただし、グラマン・カヌーの銘は消えた...。


2000年 グラマン・カヌーが復活!
 グラマン・カヌーの銘が消えてからほぼ4年経過した2000年の夏、
Norhthrop Grumman ノースロップ・グラマン社との合意が成立し、
Marathon Boat Group が作り続けたカヌーにグラマンの銘が復活する
こととなった。

 かくて、いまもグラマン・カヌーは脈々と作り続けられている。

 人口約1,000人、冬はスキーが好きな人しか住めない、という

小さな町のサムライの手で。

 ひょっとすると、現在、Norhthrop Grummanではなく、
誇り高き名門 Grumman の銘だけで出荷される製品は、
大戦末期の副社長の肩にずしりと重い手ごたえを遺した、
あの日の体験の名残りのこのカヌーだけなのかも知れない。

ところで、この写真の光がフィルムに宿ってから
もうじき四半世紀になる。

朝霧に美しい輝きを滲ませるこの光景に「なにか」を感じてシャッターを切ったとき、
私の心には
このような運命を予感させるものは何もなかった。

いま、この写真を見るひとは、
朝霧ににじむ金属の不思議な輝きに、
何を感じているのだろうか?

私にもわからないのだ。

 

この頁には
それぞれの時代にゆかりの
写真を加えてゆく予定です。
お楽しみに。


この写真の撮影での貴重な出会いと
撮影裏話もPART-2として
いづれ掲載します。
しばらく時間をいただきますが
続編にも
ご期待ください。
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LINK
準備中です。
もう数日お待ちください。
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